進化論は424

 

                  マタイの福音書181520

 

15 また、もし、あなたの兄弟が罪を犯したなら、行って、ふたりだけのところで責めなさい。もし聞き入れたら、あなたは兄弟を得たのです。

 

16 もし聞き入れないなら、ほかにひとりかふたりをいっしょに連れて行きなさい。ふたりか三人の証人の口によって、すべての事実が確認されるためです。

 

17 それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい。

 

18 まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解くなら、それは天においても解かれているのです。

 

19 まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。

 

20 ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」

 

 

罪を犯した兄弟の扱い

 

         教会時代に備えた訓練

 

「教会」という概念(がいねん)は、新約聖書に入ってから初めて啓示されたものである。教会が誕生する前から、イエスは教会時代に備えて弟子たちを訓練しておられる。注意すべきは、マタイ1618 に出ている教会は「普遍的(ふへんてき)教会」であり、マタイ1817 に出ている教会は「地域教会」だという点である。
罪を犯した兄弟が出た場合、教会は、4 つのステップを()んで問題解決に当たる。(1)個人的に悔い改めを勧めるというのが、第一のステップである。その場合、傷つけられた人が罪を犯した兄弟と向かい合い、悔い改めを迫る。もしその兄弟が悔い改めるなら、真実な交わりを得たことになる。罪を犯した兄弟と対面する前に、他の人にそのことを話すなら、イエスの教えに違反したことになる。(2)もしその兄弟が罪を認めないなら、次のステップに移る。客観的に事実を確認するために、ふたりか3 人の証人を連れて行って悔い改めを迫る。(3)それでもだめなら、地域教会に事実を告げる。教会は、群れ全体の意向としてその兄弟に悔い改めを求める。(4)それさえも拒否されたなら、その兄弟を地域教会の交わりから除かなければならない。「彼を異邦人か取税人のように扱いなさい」とは、ユダヤ的解釈で「教会の交わりから追放しなさい」という意味である。

 

         「つなぐ」と「解く」

 

118 節にある「つなぐ」「解く」は、サタンや悪霊との戦いを教えているのではない。当時のラビ用語では、「つなぐ」は「有罪」や「禁止」を、「解く」は「無罪」や「許可」を表す言葉である。つないだり解いたりする権威は、使徒たちだけに与えられたものである。(2「ふたりが、地上で心を一つにして祈るなら、という表現も、祈りが聞かれる秘訣(ひけつ)を教えているのではない(もちろん、複数で祈る祈りにはそれなりの力がある)。「ふたり」とは、罪を指摘(してき)する証人となったふたりのことで、彼らの判断と決断を神が承認されるという意味である。(3「ふたりでも3 人でも」という言葉は、証人となった人たちを指す。彼らの客観的な証言は、キリストによって承認され、教会の決定となるということである。
イエスが教えてくださった4 つのステップを、地域教会の中で実践(じっせん)しようではないか。兄弟の罪を指摘するのは、辛いことである。しかし、教会内で4 つのステップを踏む目的は、あくまでもその兄弟を交わりの中に回復するためである。そのことを覚え、御心を行うための知恵をいただこう。

 

 

                       きょうの祈り

 

天の父なる神さま。教会の中で、四つのステップを実行に移すことができますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

 

 

 

ハーベストタイムミニストリーズ Clayより