進化論は嘘 230

 

                     創世記322225

 

22 しかし、彼はその夜のうちに起きて、ふたりの妻と、ふたりの女奴隷と、十一人の子どもたちを連れて、ヤボクの渡しを渡った。

 

23 彼らを連れて流れを渡らせ、自分の持ち物も渡らせた。

 

24 ヤコブはひとりだけ、あとに残った。すると、ある人が夜明けまで彼と格闘(かくとう)した。

 

25 ところが、その人は、ヤコブに勝てないのを見てとって、ヤコブのもものつがいを打ったので、その人と格闘しているうちに、ヤコブのもものつがいがはずれた。

 

 

 

ヤボクの渡しにて

 

           ヤボク川の北岸

 

ヤコブは夜のうちに起きて、家族を連れてヤボク川を渡り、次に家畜も渡らせた。ヤボク川は、ギルアデとアモンの境界線を東西に流れ、ヨルダン川に(そそ)ぎ込む。その川を渡ると、カナンの地は目前である。その後、ヤコブだけが元の場所に戻った。つまり、川の南岸に家族と家畜が、北岸にヤコブがいる状態である。ヤコブがひとりになったことで、神との格闘の舞台ができ上がった。
「すると、ある人が夜明けまで彼と格闘した」。(1)「ある人」とは、「【主】の使い」、つまり「第2 位格の神」(受肉前の子なる神)である。その人が夜明けまでヤコブと格闘した。(2「格闘した」は「ヤアベク」である。(どろ)まみれになるという意味で、ここにしか出てこない珍しい動詞である。ここには、言葉遊びがある。それは、ヤコブのこの体験を、永遠の記憶として後世に残すための文学手法でもある。「ヤコブは、ヤボク川で、神とヤアベクした」というのがその言葉遊びの内容である。

 

 

            格闘

 

格闘は、夜明けまで続いた。(1)それは、決着のつかない激しい戦いであった。ヤコブにとっては意味不明の戦いであるが、彼は命がけで戦った。その人は、ヤコブに勝てないのを見て取った。(2)「【主】の使い」がなぜヤコブに勝てなかったのか。第2 位格の神にとっては、ヤコブを倒すことなど実に容易なことである。ヤコブが最後まで持ちこたえることができた理由は、第2 位格の神がご自身の力を制限されたからである。(31 コリント1013 に、「あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も(そな)えてくださいます」とあるが、そのとおりのことが起こったのである。(4)その人は、ヤコブのもものつがい(股関(こかん)節)を打った。これは、超自然的な神の御業(みわざ)である。同じような例が、イザヤ67 にある。「見よ。これがあなたのくちびるに()れたので、あなたの不義は取り去られ、あなたの罪も贖われた」。(5)ヤコブは、もものつがいがはずれても、(あきら)めないで頑張った。相手が超自然的なお方であるとの認識が生まれてきたからである。
ヤコブの格闘は、祈りの格闘である。信仰による熱心な祈りは、神をも動かす力となる。ヤコブのこの祈りの姿勢から、教訓を学ぼう。日頃の祈りの姿勢を振り返ってみようではないか。

 

 

 

ハーベストタイムミニストリーズ Clayより