イップスに陥らせないためにすべきこと

K:人間の心というのは、繊細ですね。スポーツ選手、特にトップアスリートは勝つためのモチベーションが高いので、何事にもくじけないという“強い心”を持ったイメージがありますが、いくら意志の強さがあっても、人の心というのはそんなに単純ではないんですね。ネガティブな映像を繰り返し見続けることで、そのネガティブさが刷り込まれるようなことも起きうる……。
中野:たとえば、ある選手がよくないフォームで走ったときの映像を撮るとします。選手は、その悪い走りの映像をチェックして改善したいので、その映像をいっしょに見て、どこが悪いかについて説明します。これでそのまま改善されて終わればいいのですが、悪い走りを繰り返し繰り返し見ているうちに、そのフォームが頭に記憶され、無意識のうちにその動作になってしまう。そして、その動作から抜け出せなくなってしまうということが起きてしまうことがあるんです。
K:不思議なことが起きるんですね。でも実際、トップアスリートにイップスが起きているわけですから、不思議ですませるべきではありませんね。心のメカニズムはもっと複雑というか、深淵なものなので、意志の力だけでなんとかなるほど単純ではない……。

 対策はどのようにすればいいのでしょう?
中野:選手は自分の悪い点も確認したいので、最初は見てチェックするとしても、それだけで終わらせず、その選手のいいフォームの映像、全盛期のときのいい映像などを必ず見せるようにする。見本となる他の選手の映像でもいいので、見せるようにします。
K:ネガティブなイメージではなく、ポジティブなイメージも持ってもらうようにするということですね。パーソナルトレーニングでは、クライアントに「セルフエフィカシー(自己効力感)」を持たせるようにすることが大切だといわれますが(以前の特集でインタビューさせていただいたときも、セルフエフィカシーの重要性について説明されていましたが)、そのこととも共通する感じがします。

中野:アスリートも、自分に否定的になるのがよくないのは同じです。自己効力感はモチベーションを高く保つうえで重要なので、悪いフォームを見せる割合は少なくして、いいフォーム見せる割合を多くしていくようにすることが大切です。

 

K:反省ばかりするというのは、失敗したパフォーマンス、悪い動きのイメージを記憶に定着させるリスクがあるので、その意味では反省はし過ぎないほうがいいわけですね。
中野:失敗したサーブの映像を繰り返し見て反省することがイップスの要因になってしまうので、ネガティブなイメージを定着させないようにすべきです。失敗したイメージではなく、いいときのイメージを持ってもらうようにすることが大切です。