メッセージ物質を通して 交わされる心臓と腎臓、血管の会話

『腸は考える』という本のことに触れましたが、この『人体~神秘の巨大ネットワーク』のシリーズを見ると、腸だけでなく、体のあらゆる臓器もそれぞれ“考える”のだということを強く感じました。しかも考えるだけでなく、互いに会話を交わすというスゴイことが行われているのだということを認識しました。
 強力なネットワークを組みながら、それぞれがまるで意志を持っているかのように独立的に活動している。そんなイメージです。体の各臓器は、それぞれの役割にしたがって機械的に動いているだけという従来のイメージとはまったく違うものです。
 上記の心臓が放出するメッセージ物質によって、心臓は他の臓器とどのような会話を交わしているのか?『人体~神秘の巨大ネットワーク』1では、次のように解説しています:

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では、心臓は一体どのようなメッセージを発しているのだろうか。心臓のメッセージ物質であるANP が、体のなかでどのような働きをするのか見てみよう。何らかの原因で血圧が上昇し、心臓に大きな負担がかかると、心臓の細胞はメッセージ物質であるANP を大量に放出する。これは、「疲れた、しんどい」という、いわば心臓のつぶやきだ。心臓の細胞から血液中に放出されたANPは、心臓が押し出す血液の流れに乗り、血管を通じて全身に運ばれていく。

 全身を巡る心臓からのメッセージを受け取る臓器の1つが、尿をつくる腎臓だ。腎臓の細胞の表面には、ANPを受け取り、そのメッセージを細胞の中に伝えるための装置がある。受容体と呼ばれるこの装置は、ANP がピタリとはまり込む形となっており、違う構造を持つ物質ははまることができない。つまり、メッセージ物質と受容体は、ちょうど鍵と鍵穴のように対になっている。それぞれの臓器の細胞は、受け取るべきメッセージ物質の受容体を細胞表面に持っているため、送られてくる膨大なメッセージ物質の中から、必要なメッセージだけを受け取るという仕組みだ。

 血液の中から不要な物質や過剰な水分を取り出して尿をつくり、それを膀胱へと送る役割を担っている腎臓は、心臓からの「疲れた、しんどい」というメッセージを受け取ると、疲れた心臓を助けようと、「尿の量を増やす」というリアクションを起こす。腎臓が尿を多くつくれば、それだけ血管内の水分が体外へと排出されることになる。そうして血液の量を減らすことで血圧を下げ、ポンプである心臓の負担を軽くする。
 実は、ANPはAtrial Natriuretic Peptideの略で、これは日本語で「心房性ナトリウム利尿ペプチド」と訳される。利尿、すなわち尿の量を増やすという働きが、ANPという名前の由来になっている。ただし、ANP を受け取る臓器は腎臓だけではない。血管の細胞にもANPの受容体があり、心臓からのメッセージを受け取っている。ANPを受け取った血管は、疲れた心臓を助けるために、「血管を広げる」という腎臓とは異なるリアクションを起こす。血管を拡張して血液の通り道を広くすることで血圧を下げ、心臓の負担を減らそうとするのだ。
 ANPは、これら2つの作用(尿量の増加と血管の拡張)によって心臓の負担を軽減することから、人工的にANPをつくって薬として利用されるようになった。1995 年に日本で心不全の治療薬として承認されて以来、これまで広く心不全患者に利用されてきている。