現代人は栄養失調

栄養所要量は、カロリーベースなら一日あたり何キロカロリー、カルシウムなら何ミリグラム、ビタミンAは……、という具合に定められている。私は先に「普通の食生活をしている日本人であれば不足する栄養素は一つとしてない」と記した。しかし、この事実の別の一面にまったく無自覚というわけではない。

 

 栄養所要量はあくまで「一日あたり」の摂取の目安である。ほとんどの栄養素は程度の差こそあれ貯蔵できる。だから、たとえ多い日、少ない日があったとしても平均してだいたい所要量に見合った摂取が行われている限り、収支は維持されうる。しかし、貯蔵することのできない栄養素であれば? ここに問題の所在がある。

タンパク質を貯蔵することはできない。なぜならタンパク質(正確に言えばその構成要素であるアミノ酸)の流れ、すなわち動的平衡こそが「生きている」ということと同義だからである。タンパク質の合成と分解のサイクルをとどめることはできず、この回転を維持するために、外部から常にタンパク質の補給をしなければならない。

 

 成人の一日あたりのタンパク質所要量は六〇グラム(乾燥重量)だ。だから、私たちは何も毎日、血の滴したたる何百グラムものプライムリブを常食する必要はもちろんない。しかし、一日六〇グラムのタンパク質は、身体の代謝回転を駆
動するためにいつも必要とされているのである。

 

 もし、収支バランスとして一日あたり六〇グラムのタンパク質が摂取されているとしても、それが極端な形で間かんけつ歇的にしか取り込まれていないとしたら?

 

つまり、朝は抜いて、昼もコーヒー程度でごまかし、夜になって初めてドカ食いするような食生活を続けているとすれば、この人は、飽食の現代にあって、一日のうち約三分の二は確実にタンパク質飢餓状態に陥っていることになる。
 私たちの身体の中でタンパク質の代謝回転が最も速い臓器はどこか? それは膵臓である。膵臓は常時、大量の消化酵素を合成し分泌するため、高速度のタンパク質代謝を行っている。
 

実験動物を絶食させると、短時間であってもたちまちチモーゲン顆 か りゅう粒という酵素を貯める細胞内小器官に異常が認められる。 現代人がこれと同じ状態にあるとしたら? 二十一世紀では新しい栄養失調(マルニュートリション)の研究が必要なのかもしれない。